// She'll_Never




 忙しい政府元首の父親に代わって色んなことを教えたのは、テルルの主治医をしていた俺の親父と、俺だった。

今でも覚えている景色がある。
幼い日のテルルが、空を見上げる。

「ねぇ、どうして雨が降るの?」

綺麗な金色の瞳が不思議そうに空を映す。
鈴を転がしたような声が、素朴な疑問をこぼした。

――俺はそれに、目を奪われた。

それはね、と親父が答えた。その先はよく覚えていない。
それはそうだ。もう何年も前の話だ。

あるいはテルル本人ならば、はっきりと覚えているかもしれないが。
あいつは一度見聞きしたことは忘れない、優秀な脳をしているから。


認めよう。
俺は嫉妬していた。

あいつの活躍を手放しに喜べなかった。
その才能にか、世間にかは分からない。
あるいは、あいつの父親にだったかもしれない。
俺は相手にされないのに――と、子どもみたいな癇癪を持っていた。



彼女はいつも、穏やかに笑っていた。
きっとその瞳は、全てを見透かしていたのだろう。
俺の感情も、彼女自身の運命も、世界の流れすら――全て。

「ありがとう、リード」

そう言って、彼女は去った。
あっさりと。

もう二度と、届かないところまで。


俺はテルルのことを間違ってると言い続けた。考え直せ、と何度も説得した。
そのたびにテルルは頑固に無視し、そして、ちょっぴりだけ哀しそうに笑った。

これを全て捨てれば、少なくとも余生は幸せに暮らせることも分かっていて。
それでも、彼女は自分の幸せを追い求めることはしなかった。最期まで。

テルルは一度だって振り返らなかった。嘘を突き通し続けた。
世界の全てを欺き続けたまま、たった一人で死んでいった。
俺には信じられない強さだ。
弱さを見せることもしなかった。誰に告げることもしなかった。
たった、一人で。
ずば抜けた天才は孤独に死を迎える。
そう。まるで、

まるで――現世に未練など残さないかのように。

……俺が真相を知ったのは、ずっとずっと後のことだ。
もちろんこれだって、推測の域を出ない。
だけど、この筋書きなら納得できる。いかにも、あいつのやりそうなことだ。

テルルの墓石の前で、俺は笑った。

だから俺は、せめて、彼女の望んだ世界を保つ努力をするべきだと思うんだ。
俺の死後も、ずっと続くように。

「コバルト、セリウム……頼んだぜ」

人工呼吸器を外して言った俺の最期の言葉に、あいつらはしっかり頷いた。

俺自身の手で実現できなかった色んなことに、多少の未練はある。
だけど、大粒の涙をあふれさせた、二組の丸い瞳が見えたから。
その瞳には確かに、俺の意志を継いだ、強い意志が見えたから。

俺という凡人が、人生を費やして足掻き続けた末に辿りついた、一つの景色がある。
それをあっさりと、すんなりと、共有してくれた二人がいる。
彼らはまだ、生きている。これからも恐らく当分、生き続ける。

最高の愛弟子。俺の、最愛の子どもたち。
世界屈指のずばぬけた才知。

俺は安堵して、全身の力を抜いた。
安心して意識を手放した。視界が急速に狭まる。


頼んだぜ。

だから――テルル。
もう、大丈夫。



SF目次

SFトップに戻る  WMトップに戻る