3.



 翌朝。降り注ぐ木漏れ日の下で、ゼムは朝の新鮮な空気を吸い込んだ。
『いい天気だ! 旅立つにはもってこいだな』
 田舎の朝は早い。すでに水汲みから帰ってきた村人や、店の準備を始めている顔見知りの店長たちにあいさつをしながら、二人は村の入り口まで歩いた。
『まずは……砂漠の町(トセ)に向かおう。確か、港があるっておじさんから聞いたことがある』
 そう言って門を出て、勢い良く歩きだすゼム。追いかけるようにシリカがついてくる。
『その町ってどこにあるの?』
『うーん。暑いから、南のどこかじゃないかな』
 ゼムのおおざっぱな返答に、呆れて肩を下ろすシリカ。
『えーと……そう、確か、マイゴさんが港町に着いた物資を私たちの村に届けていてくれたはずだわ。マイゴさんに聞いたら道を教えてくれるかもしれない』
 シリカからの情報に、ゼムは目を輝かせた。
『ほー! で、そのマイゴさんってのはいつ来るんだ?』
 振り返ってそう聞いたゼムに、シリカはきょとんとして、それから少し考えて、
『……知らない』
目を泳がせながら、小さくそう答えた。
 困ったな、とゼムが頭を掻く。
『よし、いったん村に帰るか。もしかしたらマイゴさんが村に来てるかもしれない』
『うーん、だといいけどね』
 相変わらず能天気なゼムの返答に、シリカは呆れながらも、迷いなく歩くそのあとに付いていく。
 ゼムは村にある唯一の酒場を訪れた。
 店内は朝だというのににぎわっていた。
『すみませーん』
 突然のゼムの声に、喧騒がぴたりと静まった。客たちが一斉にゼムを見る。次の瞬間、わっと笑いがおこる。
『おまえにゃまだ早いぞゼム!』
 一番手前のテーブルに座って、ぶどう酒を飲んでいた赤ら顔の男が言った。シリカが駆け寄る。
『お父さん! また朝から……お母さんにしかられるわよ』
 テーブルの上にあった大量の空の杯に呆れるシリカを気にすることなく、シリカの父はガハハと笑った。
 ゼムがたずねた。
『おじさん、マイゴさんが来てないって』
『そういやまだ見てねぇな、もう来てもおかしくねぇ時期だが。このままじゃ、貯蔵酒全部おれが飲んじまうぞ!』
 シリカの父があげた豪快な笑い声が酒場に響いた。ふと気づくと、周りが静まり返っている。さっきまで一緒に騒いでいたはずの皆はなんともいえない顔でシリカの父の背後を見ていた。
『……』
 シリカの父が、おそるおそる振り返る。
 そこには、女性が立っていた。
『お母さん』
 シリカが言った。
 夫婦は嵐のように酒場から去っていった。
『どうしよう、ゼム。もしかしたらマイゴさんに何かあったのかもしれないよ』
シリカが心配そうに呟いて、泣きそうな顔をした。ゼムが勇ましく笑いかける。
『じゃ、俺たちで助けに行こうぜ。もしかしたら、あの変な格好の野郎たちに捕まってるのかもしれない』
『でも……私たちだけで大丈夫かな』
不安になるシリカの背を、ゼムが励ますように軽く叩いた。
『大丈夫だろ。なんとかなる』
『ほんとぉーに?』
 ゼムの顔を覗き込むように言い募るシリカ。ゼムはちょっと赤面して、至近距離のシリカから顔を背けた。
『行かないなら置いて行くぞ』
 そう乱暴に言い放って、さっそうと歩きだすゼムを、
『やだ―』
シリカは慌てて追いかける。


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