5.



『この辺りで荷物を奪われたって?』
 三人の目の前には、見渡すかぎりの砂漠の海が広がっていた。目印もなにもないただ一面の砂地を前に、ゼムは首を傾げて聞き直した。
『ああ、間違いないよ。僕はラクダのアニドキだから、砂漠でも自分の居場所がわかるんだ。ここで、急に四、五人、砂の中から飛び出してきたんだ』
 マイゴが確信を持った響きで言う。
 なるほど、とゼムがうなずく。
『砂の中からって……こんなに熱い砂の下に、誰かが居るってこと?』
 そう言いながら、シリカは足をぱたぱたさせた。黄色い砂が舞い上がる。
『ん〜、穴掘ってみるか』
 ゼムがしゃがみこんで、砂に腕を突っ込んだ。
『手が焼けちゃうよ』
 シリカが慌てて止めようとするが、ゼムは笑って首を振った。
『大丈夫だよ。俺、変温動物(トカゲ)のアニドキだから、熱さになれてきたみたいだ』
『ゼムくんはトカゲのアニドキだったのか』
『……って! 二人ともずるーい!! 道理で私だけあつがってるはずじゃない』
『あはは。元気だねシリカちゃんは。きみもなにかのアニドキかい?』
『私はただの人間よ。村では珍しかったわ』
 村の話で盛り上がるシリカとマイゴ。それをよそに、ゼムは黙々と砂を掘り続ける。軽い砂は簡単に掘ることができて、すぐさま、ゼムの全身が収まるくらいの穴ができた。ゼムの手がふと止まる。
『ん? この下なんか土の感じが違うぞ』
『この辺りは地下水を感じるよ』
 ゼムが掘った穴を覗き込むようにマイゴが言って、シリカも目を輝かせて一緒に覗き込んだ。乾ききった砂が、さらさらとゼムの掘った穴に流れ込む。砂粒がゼムの目に入った。
『くっ』
目を擦るゼム。
『ご、ごめんゼ……』
 そう言って前のめりになったシリカが、柔らかい砂にバランスを崩す。痛みに目を開けられないゼムは、頭上から何かの影が差して、辺りが暗くなるのを感じ取った。
『え、ええっ』
 僅かに目を明けられるようになったときにはもう遅い。降ってきた影の正体が、穴のなかへダイブしてきたシリカだと気付いたのは、その体と一緒に砂の中へ倒れ込んだ後だった。


『う〜ん。ここは……』
 シリカがそう言いながら周りを見渡すと、そこは大人が何人か通れるような広い空洞になっていた。
 頭のうえにパラパラと砂がかかる。上を見ると、心配そうな顔のマイゴが、穴のふちからこちらを覗き込んでいる。
『大丈夫? 怪我してない?』
『うん、大丈夫みたい』
『なら、そこをどいて……くれ』
 急に足の下から聞こえた声に、
『きゃっ。ごめんゼム』
顔を真っ赤にしたシリカは、慌ててゼムの背中の上から飛び退いた。
『ここは……』
 ゼムは赤面中のシリカに気づくことなく、起き上がると警戒したように周りを見渡す。
『この空洞を辿れば、たぶん、マイゴさんの荷物を盗んだ賊に会えるな』
 暗い砂穴の奥を見つめながら、ゼムが呟いた。背中に担いだ剣を確かめると、村の広場で犬のアニドキに負けたことが頭をよぎる。シリカに治してもらったはずの傷口が痛んだ気がした。
『マイゴさんは上で待っていて……』
と声をかけようとすると、すぐ横にマイゴが立っていた。
『呼んだかい?』
『あ、いや……』
 慌てるゼムを差し置いて、
『いざ、盗賊退治へ!』
シリカが先陣を切って、元気よく叫んだ。



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