7.



ゼムがエンシンを睨む。押し進められた刃先が、ギリギリと不快な音を立てた。
ゼムの気迫を、エンシンは鼻で笑う。
『馬鹿力で押しゃいいってもんじゃないんだぜ』
そう言って、エンシンが不意に剣を引いた。
対応しきれなかったゼムが前にバランスを崩す。
その腹部をすくい上げるように、エンシンの蹴りが入った。硬い革製のサンダルが、ゼムの剣を支えるベルトに食い込む。
吹っ飛ばされたゼムは、体をくの字に曲げて衝撃に耐えた。
踏みとどまったブーツのかかとと咄嗟に着いた右手が、少し湿った砂地に長い溝を刻む。
軽く息を吐きペースを整えたゼムは、しゃがみこんだ低い姿勢のまま、スプリンターのように地を蹴った。

――ゼムの背筋に悪寒が走る。

咄嗟にゼムは後方へ跳び戻った。 間合いをとった先で、エンシンが自信ありげに笑っている。
『いい勘だ。今突っ込んできてたら、確実に息の根止めてやったのによ』
爛々と輝くエンシンの目が、エンシンの持つ刀身に映る。その表面を、長い舌がべろりと滑った。
状況を把握しきれず動けないでいるゼムを見て、
『こないなら……こっちからいかせてもらうぜ』
ゆらり、と脱力しきった両腕が揺れる。
直後、目にも留まらぬ速さでエンシンが上半身から突っ込んでくる。
すんでのところで攻撃をかわし、ゼムは目を細めた。
(スピードは互角くらい……いや、動き出しはエンシンのほうが速い!)
これが経験の差か、とゼムは実感させられた。
じわじわと壁際に追いやられていったゼムの踵が壁にあたる。
追いつめたエンシンが笑う。
しかしゼムは冷静だった。腰を落としいかなる攻撃にも反撃できるよう体勢を整える。
エンシンがつまらなそうな顔をして言った。
『もぅ飽きちまったな。このへんで終わりにしよう』
エンシンが奇妙な構えをとる。ゼムの背筋に再び悪寒が走る。
エンシンの剣の切っ先が動いた。それに反応しギリギリのところでゼムは攻撃をかわす。その瞬間、エンシンの頭部に隙ができた。攻撃をかわした反動を使って、勢いよく剣を振るうゼム。
ガキーン、と嫌な音が辺りに響く。
ゼムの手には、鋼を斬りつけたかのような固い感触が残った。
エンシンを切り裂いたかと思えたゼムの剣は、エンシンの歯にがっちりと捕らえられていた。
エンシンの口角が上がった瞬間、ゼムの剣はまっぷたつに折れた。
体勢を崩し、唖然とするゼムの腹をエンシンが殴りつける。うずくまるゼムに、
『残念だったな』
にやにやと笑うエンシン。
『俺は蟻のアニドキでね。顎には自信があるんだよ』
そうってきしきしと歯で音を立てる。
未だ力が入らないゼムを見てエンシンが更に続ける。
『どうだ、俺と盗賊やらねぇか? お前なら仲間にしてやらないこともないぜ』
眉間にしわを寄せて睨むゼム。
『……どうやら交渉決裂だな』
エンシンは剣を振り上げた。
その瞬間、エンシンの頬を何かが霞めた。
壁へ突き刺さったものを見て、エンシンが呟いた。
『弓矢……』
エンシンが振り返った先では、シリカが弓を構えていた。
『ほぅ。俺の顔に傷をつけるたーいい度強だ。どうやらお嬢ちゃんから先にくたばりてぇみたいだな』
そういってシリカの方へ歩き出すエンシン。
弓を引くも震えて的が定まらないシリカ。
『待てよ。まだ勝負はついてねぇ!!』
ゼムが立ち上がりながら唸る。
『おまえらうぜぇー。もう誰からでもいい…死ねえぇぇええぇぇぇっ!!!』
剣を大きく振りかぶるエンシン。その一瞬をついてゼムは懐に潜り込んだ。折れた剣がエンシンの腹を貫く。
『な……ぁっ。お前っ……まだ動けない……はずじゃ』
倒れたエンシンが、信じられないものを見る目でゼムを睨んだ。
『俺はトカゲのアニドキでね。回復力には自信があるんだ』
そう言って、体力の尽きたゼムはその場にへたりこんだ。
シリカが駆け寄ってきて回復魔法を使う。マイゴがそれを見て驚く。




『はい、マイゴさん』
エンシンたちから取り返し、三人で手分けして持っていたドハロ行きの荷物を、シリカはマイゴに手渡した。 マイゴは慣れた様子でその大荷物を背負って、ちょっとバランスをとる。
『港町は、この道をまっすぐ行った先だ』
マイゴは砂漠の真ん中で、町があるという方角を指さした。
『ありがとう、行ってきます』
マイゴに手を振り、二人は港町へと歩きだした。


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