8.



マイゴに言われた通り砂漠を進むと、そこには見たこともないような大きな街が広がっていた。
高い木の塀で砂漠と区切られた内側では、大通り沿いにずらっと店が立ち並んでいる。ほとんど砂に覆われている石畳の通りは、二人が圧倒されるほど、多くの人でにぎわっていた。
『ここが……』
言いかけて、ゼムはあまりの広さにポカンと口をあけた。その隣で、シリカも同じように口をあけて、街を見回した。
『ゼ、ゼムっ! あの店行っても……』
そう言ってシリカが指さした先には、可愛らしい外装の服屋が一軒。
と、そのタイミングで、ゼムのお腹が鳴る。シリカが吹き出した。
『その前になんか食べよっか』
くすくす笑うシリカ。そのシリカもお腹を鳴らす。
『だな』
ニヤニヤとゼムが笑う。シリカは顔を赤らめた。


店の前に掲げられた黒板に、本日のオススメメニューが書かれている。
シリカは熱心にそれをのぞきこんでいた。
『ん〜……ナスとトマトのスパゲチにテラミスか。さっきのお店の方が美味しそうだね』
そう言って振り返るシリカに、
『もう30分も決めかねてるぞ……』
腹を空かしたゼムが弱々しく答えた。
そんなゼムを見ることなく、シリカは元気よく右手の拳を上げて言った。
『よ〜し。最初のお店にしよう』
『も、戻るのかよ』
対照的な顔をした二人は、元来た道を戻り始めた。


最初の店が見えるところまでシリカの話を聞きながら歩いてきたゼムは、道路の先に、フードを被った小柄な人影が横道に入っていく姿を見た。 顔はよく見えなかったが、背格好は村に現れたあの白い少女によく似ていた。
シリカの話はもう耳に入らない。ゼムは前を見たまま呟いた。
『今のは……』
『えっ? って聞いてる?』
とっさに後を追うゼム。
『ちょっと』
いきなり走りだしたゼムに驚いて、シリカは慌てて追いかけた。
しかし、追って覗き込んだ路地にゼムの姿はない。
『な、なんなのよー』
立ち尽くして、シリカは叫んだ。


(右……左……)
視界の端々に捉えるフードを頼りに全速力で追うゼム。
(また左か)
角を曲がると、今までの路地とは違う開けた場所にでた。
見渡すが、そこにフード姿は見当たらない。
(見失ったか……)
立ちすくんだゼムのすぐ後ろから、声が聞こえた。
『なんか用?』
そう言い放った相手は、ゼムの背中に向け蹴りを連発する。気配を感じとっさに身を退き、かわすゼム。
顔をあげると、そこには先ほど追っていたフード姿がいた。 逆光で顔はよく見えない。
フードごしにもわかる耳のふくらみと、人をおちょくるかのようにくねる尻尾、そしてフードの影から僅かに見える犬歯に――ゼムは村での敗北を思い出す。
『くっ』
地面を蹴り、相手との距離を縮めてゼムはフードに殴りかかった。相手はさらっと横にかわす。
その動きをゼムが追い、後ろ蹴りを入れる。かすかに蹴りが届いた。
フード姿は少し驚いたようにゼムを見上げ、満面の笑みをみせた。
そして、フードの下から鉤爪のような武器を見せた。
『こんな相手は久しぶりだな……』
そう言うと、先程とは比べものにならないスピードで突っ込んでくる。
とっさに剣を抜こうと手を動かすが、
(間に合わない……!)
ゼムが思った瞬間、

『そこまでだ』

ゼムとフード姿の間に、背の高い何者かが割って入った。
ゼムが呆気にとられていると、
『なんで邪魔すんだよエンド!』
と、小柄なフード姿が甲高い声で叫んだ。
それを無視し、戦いを止めたその人は黙ってゼムを見下ろした。
小柄なほうと同じフードをかぶっている。その下から見える眼光は酷く鋭い。
その視線だけで戦意を喪失させるほどの、歴然とした力の差。
ゼムは本能的にそれを悟った。
圧倒されたゼムは、ぺたんと力なく地面に座り込んだ。
『ぜ、ゼム』
路地の角から出てきたシリカが、ゼムを見つけて駆け寄ってくる。
その姿をちらと見て、背の高いフード姿は踵を返し、
『行くぞ』
と一言残して姿を消した。
一瞬の出来事にシリカが驚いていると、
『つまんねーのー』
と言い残して、小柄なフード姿も姿をくらました。



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