9.



『あーお腹いっぱい。次は洋服のお店ね』
そう言って明るく振る舞うシリカ。
『んーあぁ……』
『これ似合うかな?  あっちも可愛いな。やっぱり都会は違うね』
女の子特有のはしゃぎを流して、ゼムは上の空で返事をする。
『ねーゼム、これ試着してみてもいい?』
『……こっちの方がよくないか?』
ゼムはちょっと考えて、恐ろしく着にくそうな服をすすめる。
『ゼムがそういうなら』
試着室に入るシリカ。
15分くらいかかって出てきたシリカを待っていたのは、
『どうかな?』
『お客様とてもお似合いで』
ニッコリ笑う店員だけ。
店にゼムの姿はなかった。
『バカゼムーーー!!』


ゼムは、小柄なフードが姿をくらますときに残していった手掛かりをもとに、2人を探しに街をうろついていた。手がかりといっても、ゼムが拾ったのは羅針盤らしきもの。針は北を向いていない。
しばらく手の上の羅針盤の針を眺めていたゼムは、ふとひらめく。
(これ、フード2人の方位を向いているんじゃ……)
根拠のない自分の直感を信じていいのか迷っていたゼムは、やがて意を決して羅針盤を握りしめ、直感のまま、針の示すほうへ走りだした。
(むしろ向いていて欲しいって願望だけど!)
不意に、置いてきぼりにしたシリカの姿が、ゼムの頭をよぎる。
(シリカには悪いと思うけど、自分より強い、敵か味方かもわからない相手の場所に連れていくわけにはいかない!)
ゼムは針が示すまま、町の外れへと向かった。


しばらくいくと、針の向きが小刻みに動きだした。
(近い……?)
そう思い顔をあげた瞬間、先程まで感じなかった人の気配を感じる。それも多数の。
ゼムは周りを見渡した。
そこでようやく、ゼムは複数の人間に囲まれていたことに気づく。
みなフードに包まれ顔が良く見えない。
『どいつもこいつもフード被りやがって』
言い終わるか終わらないかのうちに、彼らは襲い掛かってきた。
一人目の攻撃をかわし、二人目の剣を受け止める。
(先程の小柄なフード程じゃないが、みな手練れだな。スピードこそ俺の方が若干早い……というより、本気じゃない感じがする。しかも相手は複数)
ゼムは避けるのに精一杯で、次第に追い詰められていく。
背中に壁の感触を捉える。袋小路に誘導され、ゼムは逃げ場を失った。
その時、頭上から呆れたような声が聞こえた。
『なぁーんだ……本当にアニドキの力使えないの? それで全力?』
ゼムが見上げると、見覚えのある小柄なフードが塀の上に立っていた。
『おまえは!!』
ゼムはとっさに叫んだ。
逆光にかざした鋭い鉤爪が光る。
『おにーさん強いからこっち側かと思ったのにざーんねん……やっちゃっていーや♪』
軽い調子で言ったその瞬間、ゼムの背中に悪寒が走った。
先程までの雰囲気と違い、場は殺気で凍り付いた。
気付いたときには、一人のフード姿が持つサーベルが、ゼムの目前に迫っていた。
切っ先が鼻先に触れる――
(死ぬ!)

ゼムの思考はそこで途切れた。





『くぅ……!!』
急に、一人の男が頭を押さえて立ち上がった。燃えるように鮮やかな赤色の髪を振り乱し、苦しそうにうめく。
『どうなさいましたか?』
あわてた様子で白い少女が駆け寄る。澄んだ水色の瞳が不安そうに揺れる。
――少女は息をのむ。
男の口元は、不気味なほどにんまりと笑っていた。
『くっくっ……はーっはァー!!』
こらえきれない、といった様子で豪快に笑う男。
普段見慣れないその様子に、少女は呆気にとられる。
『ついに覚醒しおった。やはり生きておる』
男が狂喜じみた笑顔を浮かべる。その周囲には、ちりちりと蒼白い炎がゆらめく。
少女はゾッとした。薄暗い部屋を照らし出す蒼白い光に、少女は反射的に全身の白い毛を逆立てていた。
本能が、全力で危険だと叫んでいる。
『ドラゴンのやつ、こたびはどのように始末してやるかの』
そう言って高らかに笑う男。
少女はしっぽを丸め耳をたたみ、そこにいないかのように小さくなって震えているしかなかった。



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