// 2. Cannnon_Ignites,_And_Everything_Bursts




「本当にありがとう。お礼にお茶でもどうぞ」
 家に着くなり女の子はそう言って、ほとんど無理やりイアンを部屋の中に案内した。
「ただいまー」
 扉を閉めて室内へと投げかけた声に、椅子に座っていた背中がぴくりと動いた。一瞬だけ振り返ったぶすっとした顔は、またすぐに、元の書き物机へと戻る。けれどイアンはちゃんとその顔を視認した。そして驚く。
「双子?」
「はい」
 黙ったままの片割れに代わり、セリウムがにこにこと答えた。
「私はセリウム。あそこにいるのはコバルト」
「すげー、そっくり!」
「うん。よく言われる」
「おー、よろしくな、コバルト!」
 ずかずかと近寄っていけば、小さな背中が揺れて。
「はー……」
 これみよがしに、大きなため息をついた。もう一度振り返った顔は、大人びたしかめっ面。苦々しげにイアンを見上げて、吐き捨てるように言う。
「なんでこんなやつが」
 イアンは首をひねる。
「俺が、何?」
 コバルトが何か言おうとしたところを、少し離れた場所からセリウムが遮った。
「まぁまぁ。イアンさん、こっちです!」
「おう」
 興味をなくしたようにコバルトが顔を背けるのを見て、とりあえずイアンはセリウムの元へと向かう。そうしてイアンが誘導された先は、四方を白いタイルで囲まれた、だだっ広い部屋。中央に銀色の机がひとつあり、その上にでかい銃砲のようなものが乗っているだけで、あとはなにもない。
「すっげー、なんだここ」
 声が奇妙に反響する。物珍しそうに周囲を見回すイアンを、にこにことセリウムが先導する。
「はい、じゃあイアンさん、これ持ってみて」
 そう言ってセリウムが強化服をまとい、イアンに金属のでかいかたまりを手渡す。イアンはそれを反射的に受け取った。
「……重っ」
 あまりの重さによろめきながらも、何とか肩の上に乗せる。
「うん、そうそう。そうやって、かついで」
「おう」
「で、そこのレバーを引いて」
「ん、これ? ていうかこれ何――」

 カチ。レバーが間抜けな音を立てる。


 瞬間、あらゆるものが、ふっとんだ。



 目の前に立ちふさがっていたはずの、でかい白い壁が跡形もなく消え去った。しばらくして、ぱらぱらと破片が降ってくる。イアンは口を開けたまま立ち尽くした。何もなくなった部屋を前に、いつのまにか着いてきていたコバルトが、皮肉げな笑みを浮かべて言った。
「……まさか、これを扱えるやつが、本当にいたなんてな」
「頑張って作った甲斐があったよー」
 わくわくするね、と腕を振ってセリウムが笑う。
「……は?」
 状況についていけない張本人、イアンは目を白黒させるだけ。
 コバルトが幾分か機嫌よさそうに口元を緩め、セリウムをあごで促す。
「説明してやれば」
「あ、そうだよね。――えっとね、イアンさん、」
 そう言ったセリウムは、一目散に壁際へと駆けて行く。
「コレ、」
こつん、とセリウムの拳が白い壁に当たる。
「強化鋼鉄繊維です」
「強化、……?」
「あ、知らない?」
 コクコクとイアンがうなずく。セリウムは口元に指を当てて。
「えぇと、そうだなぁ……市販の強化鋼鉄繊維は、鋼の10の25乗倍の引っぱり強さと、10の38乗倍の曲げ強度があるといわれるんだけど、これは、それを自主的に改良したもので、更にその10の30乗倍の強度を観測し」
「悪い。俺バカだからさ、ぜんっぜん分かんねぇ」
「は?」
 コバルトが呆れ顔でイアンを見上げた。
「今なんにも難しいこと言ってないじゃん」
 早くもケンカ腰になってきたコバルトを押しのけて、ずいと一歩前に出たセリウムが、マイペースに、にこにこ微笑む。
「つまりね、イアンさんの身近にあるどんなものよりも、強くて丈夫ってこと」
「へー!」
 理解できたらしいイアンは感心した声を上げて、壁を観察し始めた。
 眉間にしわを寄せたコバルトが、双子の片割れをぐいと引き寄せて耳打ち。
「……おいセリウム、大丈夫なのかよコイツ」
 対するセリウムは上機嫌でウインク。
「ここは喜ぶところだよコバルト。やったぁ、扱いやすーい!」
「まぁそうだけど」
 間髪いれずコバルトもあっさり頷く。
 そんな会話がされていることなど知る由もない能天気なイアンは、壁にべたべた触っていた手を止めて、ふと考え込んだ。
「……これ、すっげー丈夫なんだよな?」
「うん」
 セリウムがにこにこと応じる。
「俺、今、それで」
 それ、と言ったイアンの指は、奇妙な形状の銃砲を指さしている。
「この壁ぶっこわしたよな?」
「うん、そうだね」
「……その銃、やばくね?」
「何を今更」
 銃砲の近くにしゃがみこんで点検をしながら、コバルトが鼻で笑う。
「当たり前でしょ。CoCeC(コーセック)特製なんだから」
「まじでか」
 イアンが目を丸くした。
 コバルトが面倒くさそうにイアンのほうを向いた。
「絶対、意味分かってないでしょ、お兄さん」
「分かってるぞ。さすがに俺でもそれくらい知ってる。CoCeC(コーセック)、有名な研究者だろ」
「それ、僕たちのことね」
 さらりと言うコバルト。
「……は?」
 イアンの思考が停止した。
 やっぱりね、とコバルトが口角を上げる。
Co(コバルト)Ce(セリウム)C(カーボン)CoCeC(コーセック)。名乗った瞬間に気づけよな」
「それはムチャだよコバルト」
「うっさい黙ってろセリウム」
「もー」
 睨まれたセリウムが肩をすくめる。一方、イアンはものすごく感心の声をあげていた。
「たった3人だったのか!」
「馬鹿か! あっさり納得するなよ!」
「えええ?」
 突然怒鳴られて戸惑うイアン。
 コバルトが自分の胸に小さな手を当てる。ループタイの先が大きく揺れた。
「こんな子どもがそんなこと言い出したって、普通、信じないだろ。お前ほんと馬鹿だな! 僕たちのこと、一体何歳だと思ってるんだ!」
 そう言われて、イアンは近所の子どもを思い出す。それから、コバルトをまじまじと見て、目を眇めた。考え込んで、唸る。
「えー……10歳くらいか?」
 とたん、コバルトがむすっとした。
「10歳が《RE:CODE(レコード)》作れるか? 強化鋼鉄繊維、作れるか? 作れないだろ。だから僕は10歳じゃない!」
「コバルト、言ってることがむちゃくちゃだよー。あ、ちなみにC(カーボン)っていうのは、この子のことだよ」
 セリウムが、抱きかかえているぬいぐるみの手を握って振った。
「はい。カーボン、挨拶」
 イアンが笑って。
「おう、カーボン、よろしくな」
 カーボンの短い右手を握ろうと手を伸ばし――

 ――乱暴に蹴り飛ばされた。

 目にも留まらぬ速さで弾かれ、痛む手を、イアンは呆然と見る。
「こらっ、だめだよカーボン!」
 セリウムが慌てて、黒兎のぬいぐるみを叱る。イアンが怯えたように一歩下がった。
「え、な、……ええ? ……そいつ生きてんの?」
「生きてはいないけど、動くし、喋るし、ご飯も食べる」
 コバルトのそっけない説明に、イアンは感心し目を輝かせた。
「すげぇなぁ」
「ごめんねイアンさん。この子すっごく人見知りだから……」
 しゅんとするセリウム。コバルトが鼻で笑う。
「しょうがない。機械オンチは機械に嫌われるから」
 イアンは頷いた。
「なるほどなぁ」
「……だから、そこで納得するなよ!」
「えええ?」
 セリウムが手を叩いた。
「そろそろ本題に入ってもいい?」
 そう言って、二人を元の部屋へと誘導した。



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